複雑な人間関係、頻繁に変わる環境や業務、不規則な生活……
社会で働く人であれば、労働環境から「ストレスをまったく受けない」ということはもうありえないのかもしれません。
誰もが大なり小なりストレスによる影響を受けながら働く現代にあって、無関係でいられないのが「メンタルの不調」。専門的な知識に手軽に触れられる今では気軽に、身近に、ニュースや体験談で耳にする機会が多くなったように思われます。
最近であれば深田恭子さんの休職や、大阪なおみさんの大会棄権、海外アーティストのカミングアウトなど、メンタルヘルスの不調を公表する著名人も出てくるようになり、人事労務に携わることがなくても、一度は 「うつ病」「適応障害」「うつ状態」……といった用語を聞いたことがあるのではないでしょうか。
「メンタルヘルスの不調」を考える時、一番難しいのは“正しい理解”です。
休職や就労に関わる方であれば、病状・治療法の知識とともに「病名・用語の理解」が正しい判断には欠かせません。
私たちも耳にすることの多い 「うつ状態」 と「うつ病」・「適応障害」の違いと共通点をもとに、メンタルヘルスの不調を考えてみましょう!
☆PICKUP!本記事のポイント☆
・ 「うつ状態」は症状の名前(症状名)・「適応障害」や「うつ病」は病の名(病名)
・「うつ状態」とは抑うつ気分=落ち込み、気分のふさぎ、興味関心・うれしい・楽しいといった感情の減退、意欲の低下などを感じている状態
・ 「適応障害」は原因となる大きなストレス・環境の変化などがあって、ストレスに対する心身の反応が強く出てしまい、仕事や日常生活に支障が出ている状態
・「うつ病」は、「脳のシステムエラーで生きるためのエネルギーが枯渇してしまう」病
・ 医師の診断書や意見書は「このような対応が必要」というメッセージを伝えるためのさまざまな配慮の元、 作成されている
「うつ状態」はうつ病ではない?
わかりづらい不調の【名前】に注目
“会社の勧めで受診したら、「うつ状態」と言われて……”
「うつ病」「適応障害」「うつ状態」など、メンタルヘルスの不調を表す言葉には似たものが多く、不安に思われる方も少なくありません。これらの言葉が実際に示しているのは、どのような状態なのでしょうか?
一言で表すと、「うつ状態」は症状の名前(症状名)・「適応障害」や「うつ病」は病の名(病名)にあたります。
この2つは、図のように、「今の困っている状態について」なのか、「原因から治療法までを含め、総合的な所見」を表す語か、と大きく違います。

その見方で先ほどの 「うつ病」「適応障害」「うつ状態」 を見てみましょう。
抑うつ気分=落ち込み、気分の塞ぎ、興味関心・うれしい・楽しいといった感情の減退、意欲の低下などを感じている状態が「うつ状態」です。
「うつ病」「適応障害」は、症状のひとつにうつ状態がある病です。
原因に関わらず落ち込んだ気分であればそれは「うつ状態」であり、逆に「うつ状態」であってもその背景にあるのは必ずしもうつ病とは限りません。
診断書でよく見る「適応障害」と「うつ病」の違い
では、「適応障害」と「うつ病」はどのような違いがあるのでしょうか?
同じ症状でも病名が異なる場合、「原因」と「主に選択される治療方法」が異なるケースが多いです。メンタルヘルスの診断や治療の国際的な診断基準のひとつである「精神疾患の診断・統計マニュアル 第5版(DMS-5)」を参考に、その基準について見てみましょう。
「適応障害」とは?
「適応障害」は、大きなストレス・環境から受けるストレスに対する反応が通常考えられるより強く出てしまい、苦痛を感じたり生活に支障が出ている “病態” を示します。
- 原因に対して、通常予想されるよりも強くストレス反応が出てしまい苦痛を感じていること
- ストレス反応で生活や仕事に支障が出てしまっていること
- 環境の変化などストレスの原因に心当たりがあり、そのストレスが始まってから3か月以内に症状が出現していること
などが特徴として挙げられます。
「新入社員が上司とトラブルを起こしてしまい、それから上司の前では腹痛や頭痛が起きる・会社に来るとうつ状態になってしまい仕事が手につかない。休日は憂うつな気分も少し和らぎ、趣味を楽しむなどラクに過ごせることもある」
「仕事中気分が浮かず、平日はずっと不安感、不眠が続き仕事をするのがつらい。会社に行こうとすると吐き気・動悸で出勤できないため、人事に勧められて受診。休職が決まった日から、症状はみるみる改善した」
というケースは適応障害の可能性があります。

上記のような症状が2週間以上続く場合は、後にうつ病と診断されることもあるので、継続的な医療ケアとのつながりが必要です。
「うつ病」とは?
うつ病は、一言でいうことが難しい病ですが、端的に表現すると「脳のシステムがエラーを起こすことによって、生きるためのエネルギーが枯渇してしまい心理的・身体的な症状が続いている」病です。
エネルギーが欠乏してしまっているために、多くの場合時間が経っても自然に症状が改善するとはいえず、仕事以外でも人との関わりや日常生活全般に支障が現れてしまうため医療や専門的なケアが必要になります。

うつ病の原因はさまざまで、例えば病気など身体的なものも含み多岐に渡ります。大きなショックを受ける出来事なども「発症する要因のひとつ」ですが、現代ではそれだけでなく生活の中で起こるさまざまな要因が複雑に絡み合って発症にいたると考えられています。
治療は、基本的に身体の怪我や生活習慣病と同様に 「ストレスのない休養」「薬などの医療による治療」・「精神療法・カウンセリング」 を中心に行われます。
状況や症状の現れ方によって幅がありますが、多くは回復に半年・再発予防に1年などと治療に一定以上の期間が必要となります。
なぜ「同じ状態についての診断書」でも表記が違うの?
同じ時期に休業申請を行ったAさんとBさん。
会社に挙げられた報告では、「落ち込みや仕事が手につかない精神状態、会社に行こうとすると腹痛で出社できない」と症状はほぼ同じ。だけど提出された診断書はAさんは「適応障害」、Bさんは「うつ状態」だった……
というケースは人事労務の現場でよくご相談をいただきます。どうしてこのようなことが起きるのでしょうか?
メンタルヘルスの不調に関する診断にはきちんと一定の基準が設けられています。症状や背景、診断を確定するための要素を時間をかけて問診・診察していく必要があります。
そのため、精神症状に対する診断書では、
・1回や2回の診察では確定ができない、確定するには情報が足りない
・本人や周囲の不利益とならないような配慮が必要
といった場合、正確性を優先し 「あくまで今の状態」として症状名のみを記入するケースも見られます。
また、「適応障害」や「うつ状態」にある方が何のケアも得られないままストレスフルな環境に置かれ続けることで、病状が悪化し「うつ病」となってしまうケースもあります。
「うつ病」の方が治療にかかる期間も長く、複雑な治療判断を求められることが多いため可能な限り早く治療を始めたいこともあり、「適応障害」と「うつ病」のどちらの条件にも当てはまる場合、診断としては「うつ病」を優先することもあります。
診断書や意見書は「このような対応が必要」というメッセージを伝えるためのさまざまな配慮の元、 作成されていることを知っておきたいですね。
メンタルヘルスの不調は
「本人・周囲が困っているか」
「原因がその人の内部にあるか・外部にあるか」
「どれくらいの期間続いているか」
の3つが特に重要となります。
適切な対応・治療を行うためにも、
・早期に診断や専門機関を受診すること、受診の勧奨
・本人が不調や意見を素直に言える環境
の2つは日頃から組織として整えておきたいところです。

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- 高橋三郎・大野裕監訳『DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル』
- 高橋三郎・大野裕監訳「DSM-5 精神疾患の分類と診断の手引」
- 公益社団法人日本精神神経学会:「DSM-5病名・用語翻訳ガイドライン」
- 厚生労働省: 働く人のメンタルヘルス・ポータルサイト『こころの耳』
初出:2021年05月31日 / 編集:2021年06月01日 |