ストレスチェック制度は、従業員のメンタルヘルス不調を未然に防止するための仕組みですが、働きやすい環境を整え、企業の生産性を向上することも大切な目的のひとつです。
労働安全衛生法では、ストレスチェックの結果の集団分析を行うことが努力義務とされています。つまり、ストレスチェックはやりっぱなしで終わるのではなく、「その結果を部署ごとやグループごとに分けて分析することで、職場環境改善に活用してください」ということです。
どの部署・グループが、どういった要因でストレスが高くなっているのかなどを把握することで、離職防止やエンゲージメントを高めるための対策に活用することができます。
今回は、このストレスチェックの集団分析についてご紹介していきます。
ストレスチェックの集団分析とは?
ストレスチェックの「集団分析」とは、従業員個人のストレスチェックの結果を部署・グループごとに集計して、その結果を「集団」という単位で解釈することです。職場・事業場全体だけでなく、部署やグループ、似たような職務を担う・同じような環境にある事業所など一定規模の集団ごとに結果を合計し、一つのデータとして分析を行う方法です。
ストレスは個人の感じ方によるものですので、ストレスチェックの結果は個人情報として保護されています。事業者は本人の同意なしに個人のストレスチェックの結果を確認することはできません。ですが、これらのデータを「集団」として分析すれば、個人のプライバシーを守った状態でその職場環境独自のストレス状況やストレス要因を分析・把握することができるようになります。
ストレスチェックの集団分析を行うメリット
ストレスチェックを効果的に活用するためには、集団分析がとても重要
そもそもストレスチェックを実施する目的は、
・労働者が、自分のストレスの状態に気づき、メンタルヘルス不調を未然に防ぐこと
・事業者が、ストレスチェックの結果をもとに職場の課題やストレスの原因を分析することで、職場環境改善につなげること
です。
さらに「検査結果を集団ごとに集計・分析し、職場におけるストレス要因を評価し、職場環境の改善につなげることで、ストレスの要因そのものを低減するよう努めることを事業者に求めるものである」として、ストレスチェックの効果的な活用のためには、集団分析が必要と強調されています。
現在のところ、集団分析は努力義務ですが、職場の課題を把握しより働きやすい職場をつくるためには、単にストレスチェックを実施するだけではなく、集団分析を実施してその結果を職場環境改善に活用することが、そもそものストレスチェック制度の目的として求められています。
個人情報を守りながらも、社内で共有・職場環境改善に活用できるデータが集団分析
集団分析の大きなメリットは、個人情報が分からないので「誰にでも見ることができる」という点です。職場の現状を把握する立場にある経営・人事権のある方はもちろんですが、集団分析データなら会社全体・従業員全員に結果を周知・共有することができます。
例えば、部署単位での集計を行うと「仕事のコントロール度が良好な部署はどこか」「仕事の量的負担が高く過重になっている部署はどこか」などが分かり、各職場の状況を把握することができます。現状と課題を把握することができると、集団分析で得られた情報をもとに職場環境改善に取り組むことが可能になります。
また、集団分析の結果を共有することにより、結果が良好な職場からは工夫が学べますし、過重な負担のある職場では対策の必要性を知るきっかけになります。それぞれの部署の長所や共通点を把握し、互いの関わり方を見直すきっかけにも活用できる可能性もあります。さらに昨年、今年、来年と「経年比較」 をすることで見えてくるものもあり、定点観測や職場環境改善施策の効果を見える化するのにも役立ちます。
ストレスチェック集団分析の実施
まずはおさらい!ストレスチェックと集団分析を実施する流れ
では、ストレスチェックの集団分析はどの段階で行うのか、ストレスチェックの実施から集団分析実施までの流れを簡単におさらいしてみましょう。
①ストレスチェックの「実施体制を決める」
ストレスチェックを実施するにあたっては、まず組織として実施体制を整える準備が必要です。ストレスチェックの「実施者」「実施事務従事者」「面接指導を実施する医師」という実施に必要な担当者・役割分担や、使用する質問票、実施や周知の方法などについて、衛生委員会等の場で話し合って決めます。
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②ストレスチェックを「実施する」
準備が整ったら、事前に通知した日程でストレスチェック質問票を配布し、従業員に回答してもらいます。実施方法は、紙またはweb(オンライン)があります。従業員数50人以上の企業では、ストレスチェックの実施は事業者の義務(50人未満は努力義務)ですが、労働者には「受検の選択権」があります。つまり、それぞれの従業員はストレスチェックがどういうものか説明を受け、 受検するかしないかを自分で選択することができます。
しかし、ストレスチェックを職場環境改善に活用することを考えたとき、受検者が少ないと正しい結果が得られなかったり、個人が特定されてしまう恐れが出てきたりするなど、効果的な活用は難しくなってしまうため、できる限り多くの従業員が安心してストレスチェックを受検できるよう、方法の説明や勧奨を行うことが事業者には求められています。
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③結果を集計し、個々の「結果を判定・通知する」
ストレスチェック実施後、国家資格をもった「実施者」が調査票の内容をまとめ、個々人の結果の評価を行います。集計・評価された個人結果は、本人以外が見ることができない形式で直接通知されます。
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④「集団分析」を進める
③で行った集計・評価を、個人結果がわからないよう部署ごと・職種ごとなどの集団に抽出し、傾向と状況を分析したものが「集団分析」です。
集団分析実施の注意点
- 職場環境改善を視野に入れて、集団を選定する!
集団分析を行う集団を決める際には、集団分析後により適切な職場環境改善が可能になるように、部署や職種、職位・職階など、業務実態に合った単位で集団分析を行うことが望ましいとされています。また、残業時間や休職者の数など、職場のストレスと関係する他の情報とも併せて分析してみると効果的です。
- 1つの集団は10人以上になるように!
集団分析は、可能な限り10人以上の大きな集団で分析を行うよう決められています。
集団分析結果からは個人ごとの結果を特定できなくなるため、個人の同意を得なくても共有・公開してよいとされていますが、10人以下になると個人が特定される恐れがあることから、原則として推奨されていません。どうしても10人を下回る場合は実施対象者全員の同意が必要になります。(個人特定につながり得ない形に限っては例外もあります)
プライバシーを守りつつなるべく偏りのないデータを収集するために、一定規模(部署や課・グループ)のより大きな集団を指定して集団分析を実施しましょう。
集団分析結果の保存
集団ごとの集計・分析結果は、経年変化を見る際にも役立ちます。
この「経年比較」も職場のストレス状況の把握・分析を行うために重要ですので、ストレスチェック結果などの保存と同様に、事業者が5年間保管するのが望ましいでしょう。
集団分析の評価方法と「仕事のストレス判定図」の見方について
集団分析の評価方法
集団分析の評価方法は、実際には使用するストレスチェックの調査票によって異なりますが、ここでは厚生労働省が提供する「職業性ストレス簡易調査票」を用いてストレスチェックを行った場合に推奨されている「仕事のストレス判定図」を使って評価する方法をご紹介します。
仕事のストレス判定図は「量 ー コントロール判定図」 と「職場の支援判定図」の二つの判定図を使って、仕事のストレス要因の程度と、これらが労働者の健康に与える影響の大きさを評価する方法です。
これにより、標準値(これまでの研究成果から得られた標準集団の参考となる値)に比べて、「ストレスが大きいか・少ないか」や「どの程度健康リスクがあるのか」を判定することができます。
「仕事のストレス判定図」の見方
仕事のストレス判定図は、ストレスチェック調査票の項目「仕事の量的負担/仕事のコントロール/上司の支援/同僚の支援」の4つを用いて算出します。
この4項目について、各労働者の回答を得点化→集団分析をする集団単位で平均値を算出→それぞれの判定図(「量 ー コントロール判定図」 /「職場の支援判定図」)に数値をプロット→標準集団(全国平均)と比較という手順で表を作成します。
「量 ー コントロール判定図」では、
・横軸:「仕事の量的負担」
・縦軸:「仕事のコントロール」
とし、 左上に行くほどストレスは低く、右下に行くほどストレスは大きいと判定します。
「職場の支援判定図」 では、
・横軸:「上司の支援」
・縦軸:「同僚の支援」
とし、右上に行くほどストレスは低く、左下に行くほどストレスは高くなると判定します。
図にはその値がどれほど従業員の負担になっているか、危険度別に表が色分けされており、一目で職場のリスクが把握できるように作られています。
「仕事のストレス判定図」を用いた集団分析でわかるのは?
例えば、「量 ー コントロール判定図」により仕事をするうえで求められることや業務量・葛藤が多く、各自の裁量権や技術が使えない状況でストレスになっていないか、「職場の支援判定図」により職場内・上司や同僚からの支援がどのくらい得られているか、その有無でストレスになっているか、それとも支援があることでストレスが緩和される要因になっているか?などを見ることができるようなります。
※参考:厚生労働省が無料で配布しているストレスチェック「厚生労働省版ストレスチェック実施プログラム」を使うと、職業性ストレス簡易調査票の回答を自動で集計して、「職場結果出力」に「仕事のストレス判定図」として表示・反映されます。
「総合健康リスク」と「高ストレス者割合」との関係は?
ストレスチェックでよく聞く「総合健康リスク」は、実はこの「仕事のストレス判定図」がもとになって算出されています。
「総合健康リスク」は、職場の環境が従業員の健康にどの程度影響を与えるかを総合的に評価したもの。2つの図の健康リスクを掛け合わせる(「量 ー コントロール判定図」×「職場の支援判定図」/100)ことで算出できます。標準的な職場の平均(全国平均)を100として表します。
この数値は高ければ高いほど健康リスクが高いことを示していますので、例えば、総合健康リスクが120の場合、標準的な職場よりも、仕事のストレスのために心理的ストレス反応、疾病休業、医師受診率などが生じるリスクが1.2倍になるといわれており、職場環境改善などの対策の検討が必要になります。
一方、「高ストレス者」の判定は、ストレスチェック調査票の項目のうち、「心身のストレス反応」に含まれる項目の合計点数が大きく関わってきますので、実際にストレス反応が現れている場合に高くなります。
厚生労働省が推奨する「仕事のストレス判定図」の見方と併せて、「総合健康リスク」と「高ストレス者割合」も集団分析結果を職場環境改善につなげていくためには重要な指標ですが、細かな見方や参考にするとよい視点などについてはまた別記事でご紹介していきます。
まずは集団分析結果の基本を知り、実施してみる。職場環境改善は「中長期的な目線」で
今回は、ストレスチェックの集団分析のメリットや集団分析の有用なツールのひとつ「仕事のストレス判定図」の見方など、基本的なことについてお伝えしました。
集団分析から職場環境改善につなげていくためには、中長期的な目線でストレスチェックの集団分析を行い、職場によるストレス発生の要因をしっかりと突き詰めて改善していくことが必要です。
特に、働いている人の実感と回答、その職場が改善しなければならない本当の課題は必ずしも一致しません。集団分析結果に表れるのは職場の課題の一部であり、本当の意味で従業員のストレス状況を把握するためには、ストレスチェックの結果と併せて、従業員からの聞き取りや、残業時間や休職者の数など職場のストレスに関係するその他の情報を総合的に見て、職場環境改善につなげていく必要があります。
例えば、職場の人間関係に関する問題はなかなか言い出しにくく、またさまざまな形で悪影響を及ぼします。
とある企業では「仕事量が多い!」という声のあった部署に対して、「作業工程の見直しを試みたにもかかわらず効果がなかった」という報告がありました。そこで集団分析と実際に行った改善策を3年分調べてみると、不満の本当の原因は「上司との関係が悪くて報告や確認がしづらく、その分の時間がかかりすぎていること」だったのが明らかになり、丁寧な報告・相談の時間を設けるなど上司側の心がけ・対応を改善することで職場内の支援の強化を図った結果、1年でみるみるうちにストレス状況が改善したという例も。
働きがいや従業員の満足度を高め、離職防止やエンゲージメントの高い職場環境を整えるためには、どのような対策が必要なのか。ストレスチェックの集団分析を効果的に活用し、その職場の状況にあった改善策を見出していく必要があるのではないでしょうか。
〔参考文献・関連リンク〕
- 厚生労働省:
心理的な負担の程度を把握するための検査及び面接指導の実施並びに面接指導結果に基づき事業者が構ずべき措置に関する指針
厚生労働省版ストレスチェック実施プログラム
ストレスチェック制度の効果的な実施と活用に向けて
労働安全衛生法に基づくストレスチェック制度実施マニュアル
初出:2019年10月08日 / 編集:2024年10月28日 |