ストレスチェックを実施するにあたって、事業者は「実施者」を選定しなければなりません。
実施者は産業医が望ましいとされているし、長い付き合いだからうちの産業医が引き受けてくれるだろうな、と考えていませんか?
嘱託契約を専門にしている産業医では、いざストレスチェックの実施者をお願いすると「うちではちょっと……」と断る方も少なくないそうです。
事業場の産業医に実施者を行ってもらえない場合は「共同実施者」を設けるという選択肢もありますが、なぜなのでしょう?
実は実施者には、実施者を行う「リスク」が潜んでいます。
複数の事業所と契約を結んでいる産業医はなるべくこの「リスク」を下げたいもの、お断りするのも仕方のないことなのです。
では一体「ストレスチェック実施者のリスク」とは、どのようなものなのでしょうか。
実施者には「責任」のリスクが必ずある
産業医が恐れる「実施者のリスク」とは、どのようなことを指すのでしょうか?初めての業務が難しいから?人数が多くて、日常業務で手が回らないから?
いいえ、本当に産業医が恐ろしいと考えるのは、「判断の責任を問われるリスク」なのです。
ストレスチェックの結果を知ることができるのは、基本的には労働者本人・実施者・実施事務従事者の3人です。この中で何か問題があった場合は、基本的に「専門資格を持っている」実施者が責任をとることになります。
訴訟に至るケースは様々ですが、今回は実施者がクローズアップされるシチュエーションを見てみましょう。
ケース1:専門診療科ではないから判断に困る「高ストレス者の判定基準」
ストレスチェック制度では、調査の結果によって高ストレス者と選定されても自動的に「医師による面接指導が必要な人」とはなりません。
必ず結果を見て、実施者が面接指導対象者かどうか判断する必要があります。
ですが、全ての産業医がメンタルヘルスを専門としているわけではありません。
外科や内科の専門医として活動している方ですと、ストレスチェックのデータだけでケアの必要性や救急性を判断するのは難しいでしょう。
例えば、高ストレス者の選定基準は超えていたのに面接指導は必要ないと判断された労働者に精神疾患を理由に労災の訴訟を起こされてしまった……
そのような場合、実施者は「精神疾患となるほど追い詰められていたのに、なぜ選定基準を超えていたにもかかわらず面接指導が必要だと判断しなかったのか?」と問われる可能性は高いでしょう。
訴訟で意見や証言を求められるなど、「どんな経緯があったか・どういう判断を行ったか」を説明しなければなりません。
このケースですと、実施者に対し「責任がある」と判断される可能性は少ないです。
高ストレス者の選定基準を大幅に超えており明らかに異常な状態であったと認識していればまた別ですが、
衛生委員会で設けた基準と比較して「ストレス状態は少し高いけれど同じような状況の労働者が多数いる」という事業所等では、『面接指導が必要ないと判断したこと』と『自殺に相当する精神状態のケアを取りこぼしたこと』に因果関係があるとは言いにくいからです。
望ましいとされているから産業医を無理にストレスチェック制度の実施者にしようと考えるのではなく、外部へ業務委託して自社の産業医には共同実施者になってもらうこと等も視野に入れて検討しましょう。
ケース2:何が【正解】なのか、「方法」「程度」にも知識が必要
次のようなシチュエーションではどんな責任があるでしょうか。
ストレスチェック制度では本人にその結果を通知することが義務とされています。
ストレスチェックの結果、社員Aさんが高ストレスであることがわかったとしましょう。Aさんにも本人のストレスチェックの結果と、「高ストレス者である」という内容が通知されました。
社員Aさんは医師による面接指導が必要であると判断されましたが、本人は面接指導を希望せずそのうち自殺してしまい……
遺族から損害賠償と慰謝料の請求が企業に向けて行われました。
この時、実施者に対して遺族が「もし実施者が面接指導の申出の勧奨を行っていれば、本人は自殺を思い留まっていたかもしれない」と考え、怒りの矛先が実施者に向けられる可能性はあるでしょう。
実施者を行った医師にしても、人の命を救えなかったという後悔に苛まれてしまうかもしれません。
実施者の名前を出して何度も勧奨していれば、Aさんは面接に来てくれたかもしれない。勧奨方法をメールにしたら気軽に来てくれたかもしれない。
しかし、行うことが望ましいとされている「面接指導の申出勧奨」を行わなかったことと自殺したことに相当の因果関係があるとは言えません。
ちなみにストレスチェック後の面接指導の申出に関係する勧奨の実施に関する立案・実施は「企業」が衛生委員会で決定するもの、実際の勧奨実施や受付業務は「実施事務従事者」が受け持つ業務であると指針には明記されています。
制度が求める基本的なことを行ってさえいれば、事業者はともかく実施者個人が責任を負わされるといった可能性は低いでしょう。
ケアが本当に必要な人たちが、産業医や医療につながるための勧奨方法を決める場は衛生委員会ですが、その方法が本当に「適切」だと判断するのは産業医であり実施者とされています。
「方法をきちんと確認する」ことが、基本的な責任として産業医や実施者には課せられているのです。
ケース3:「要取扱個人情報」は管理にも注意が求められます
自殺まで至らずとも、「誰が高ストレス者か」という情報は本人から面接の申し出がない限り、実施者以外には知られることはありません。
「医師面接をしたら周囲に噂になった!」、「不当な取り扱いはストレスチェックの結果が上司に知られたせいだ……」という訴えがあった場合、まず確認をされるのが『ストレスチェック結果の管理体制』でしょう。
ストレスチェックの結果は産業医だけが閲覧できる方法で保存されなければなりません。指針で勧める通り職場と契約をした産業医が実施者となるなら、事業所か診療所のキャビネットまたはサーバなどに収め実施者のみが知るキー(パスワード)をかけることになります。
ストレスチェックの義務となる企業なら必ず50名以上はストレスチェックを受けねばなりません、全員とはいかずともそのデータはかなりの数になるでしょう。
事業所でキャビネットを用意したり、診療所で保管用のファイルを作るにしてもセキュリティの確保された「専用保管所」の設置と5年間の維持は大きなコストです。
いくつもの企業と契約している嘱託産業医なら、その管理だけでも一仕事になります。
「自分だけが管理している」というのも、重責としてのしかかってくることも考えられます。
「共同実施者」を立ててリスクの分散と専門性を
ストレスチェックの指針では、ストレスチェックの「実施者」は必ずしも契約した産業医1人でなければならないということはありません。
有資格者複数名を「共同実施者」として設けることが可能なのです。
例えば、委託している産業医が多忙、もしくは高齢などの理由でストレスチェックの実施者になることができないというケースもあるでしょう。
このような場合には、「実施代表者」は外部機関へ委託し、産業医には共同実施者になってもらうというのも1つの方法です。
そうすれば制度において望ましいとされている「産業医が実施者になる」ということも満たされ、産業医も過度な負担がなく引き受けやすい状況になるでしょう。
実施者が複数名いる場合、代表者である「実施代表者」以外の実施者は「共同実施者」と呼ばれます。
外部、または産業医以外の精神保健福祉士等のメンタルケアの知識を持つ資格者へ産業保健スタッフとして実施者をお願いすることで、「医師の知見」「専門家の視点」両方から従業員の健康危機を取りこぼすことのないようしっかりと確認できます。
また外部に実施者を立てる場合、その委託先にデータの保管をお願いすることも可能です。
専用のセキュリティが設けられていれば安心ですし、実施者として相談できる相手がいることもプラスに働きます。
実施者として必要最低限の責任を果たしていれば、責任を問われる可能性は低いと言えます。
産業医がストレスチェックの実施者になることを嫌がる場合、単純に仕事が増えて他の業務に悪影響を及ぼすと考えるというケースもあるようです。
産業医にストレスチェックの実施者になることを依頼する場合は、
・「訴訟に巻き込まれるリスク」がある
・産業医にも「別の業務」がある
ということを念頭に置いたうえで、万全のフォロー体制を整えておくとよいでしょう。
下記より当社「産業医紹介」提携サービスの資料がダウンロードいただけます。
まずは、お気軽に資料請求・お問い合わせください。
初出:2017年10月15日 / 編集:2022年06月30日 |