日常生活を送っていれば、誰でも病気や怪我をする可能性はあります。今は健康に働けているけれど、大きな事故や災害に遭ったり自分自身や家族の大病や介護といった思いがけないアクシデントの心配は尽きないもの。
それは社員の生活を預かる企業にとっても一大事です。
従業員が病気や怪我をしたとき、会社としても配慮や支援と行う必要があります。
勤務が続けられる・両立できるようなサポートや、体調や状況によっては休職や手当の支給の手配も必要でしょう。ですが具体的にどういった配慮や支援をすればよいかわからない、という方も少なくないですよね。
この記事では厚生労働省の「事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドライン」にもとづいて、従業員が病気や怪我をしたときに職場でできる配慮や支援について説明します。
初めて人事関係の担当者になったという方にもわかりやすく説明するので参考にしてみてください。
「治療」と「仕事」の両立とは
医療や技術の進歩により、重篤な病気でも治療をしながら働き続けることが可能な時代となりました。
また70歳まで働けることを企業の努力義務として定める意見が出ているほどに、今後企業の内部でもますます高齢化が進んでいくことが考えられます。高齢になれば病気や怪我のリスクは当然高くなることが予想されるので、従業員が長く、健康に働き続けられるような制度や対策はこれからの企業の「必須課題」となるでしょう。
高齢化対策としてだけでなく、従業員が治療と仕事を両立できるよう支援や配慮に取り組むことには、企業側にもメリットがあります。
● ノウハウのある従業員が長く勤務できる
会社として従業員の「教育」は必須ですが、教育にも時間や人件費、コストがかかります。
ノウハウのある従業員が治療しながら仕事に参加できるれば、会社にとっても代替要員の手配や一から教育をし直さねばならないといったコスト・リスクを回避できるという利点があります。
教育を終えている従業員が長く働けることは、人材活用という点でもメリットです。
例えば 病気や怪我の治療で離職することがない環境なら、事故の体験や疾病で苦労した従業員が職場に戻った際、その経験を活かした新たな管理体制や現場のルールを提案できるかもしれません
「傷病」というマイナスの経験も、就労という冷静な視点からの分析や他の社員との相互作用によって、企業にとって貴重な「社内環境の多様化」「労災防止のためのフィードバック」という恩恵をもたらす可能性を秘めています。
● 従業員と仕事のエンゲージメントが高まる
会社が治療と仕事の両立に前向きであれば、それは従業員にとっても「安心」して勤務できる環境でしょう。自身の怪我や病気になっても企業から見捨てられることなくバックアップが得られるならば、疾病や妊娠といった身体に関わる相談事もしやすくなります。
「相談しやすい職場」によってきちんと信頼関係が形成されていると、 労災隠しなどの問題行動の減少、現場の安全衛生の向上につながります。
また、病気になってもキャリアをあきらめることなく継続して就労できれば、経験を活かしたさらなる技術や知識、スキルの習得にも前向きに取り組む機会が得られます。キャリアアップのルートが提示されることは、本人のやる気の向上のみならず結果的に社全体の生産性UPも期待できます。
会社がすべき“両立支援”は「環境」「対応」「協力」の3本柱を立てること
では、「治療と仕事の両立」のためには 従業員へ どんな支援ができるのでしょうか。
企業ができる支援の最たるものは、「本人にあった就労環境を組み立ててあげること」です。
具体的には以下の3点になります。
- 治療支援に必要な環境・体制
- 休暇や勤務形態への柔軟な対応
- 外部機関も含めた協力体制の確立
ひとつひとつ、支援の詳細を交えて詳しく見ていきましょう。
★治療支援に必要な環境・体制
治療をしながら就労するためには、まず安心して働ける「環境や体制が整っていると理解する」ことが必要となります。
本人が「こんな支援があるんだ」と理解し、企業と今後の治療計画をすり合わせるだけでなく、本人が実際に働く職場や上司・同僚といった他の社員たちが治療に必要な配慮の内容や本人が何に困っているのかをきちんと「わかる」ことが大事です。
周囲が「わかってくれている」ということは、本人の安心感や職場の人間関係内の信頼、今後のコミュニケーションのスムースさへ影響します。
まずは「今後の方針」を決め、説明しよう
支援の糸口として、手始めにやるべきは「支援方針の決定」です。
病状や治療の内容、スケジュールなど医師や医療機関からの情報をもとに、本人・産業医・総務または人事の担当者・就労する職場の上司……など関係者それぞれの意見を参考に決定します。
傷病の状態や通院回数など、その時その事例によって必要な支援は様々です。「誰に、どんな支援が必要か」「配慮として何ができるか」を一覧にし、整理しながら調整をとると配慮と本人の希望のバランスがとりやすいです。
方針と内容が大まかにでも決定したら、会社として具体的にどのように両立支援を行っていくかを従業員に示し、傷病に対して不利な取り扱いのないこと・両立支援を行う体制があることを従業員に伝えていきます。
なるべくなら普段の研修に、両立支援についてや傷病を負った際のサポート内容について説明するプログラムを組み込んでおくといざという時に受け入れる周囲の従業員の納得が得やすくなります。
実際に傷病した従業員がいない企業でも、制度や方針を決め実際に機能するように研修や計画を行うことで従業員の理解が深まります。
研修内容としては
- 両立支援の必要性、傷病を負った際の手続きや情報管理体制、相談先の紹介
- 望ましいサポート体制、会社で行う支援の内容
- サポートする側に必要な知識・ケアの重要性や方法
といったことが中心になるでしょう。
従業員が相談できる窓口を設置する
労働安全衛生法や個人情報保護法によって、「従業員の健康に関する情報」を会社側が本人の同意なく手に入れることはできません。両立支援を行う際でも例外なく、傷病の内容や治療・通院スケジュールの詳細についてなども本人から直接うかがうことが第一とされます。
従業員が安心して申し出る・相談することができるよう、傷病を負った際際どこに相談すればよいのか、常よりわかりやすく示しておけるよう準備しましょう。
企業としては、相談窓口を設置し、連絡方法をあらかじめ決めて掲示しておくといった対応が求められます。
また相談がなされた場合の個人情報の取り扱いについて、どこまで情報を扱ってよいのか、情報漏洩がないよう情報の保管方法についても取り決めが必要です。
★休暇や勤務形態への柔軟な対応
病気や怪我によって定期的な通院や長期の入院を必要とする従業員がいる場合、休暇や勤務形態について柔軟な対応が必要となります。
従業員本人から就業環境や職場での配慮についての希望を聞き、医師等の意見や業務内容を参考にしながら、従業員本人が納得できる勤務体制ができるように努めましょう。
特に最近ではIT技術や通信システムの普及により、離れた場所でも 会計処理など社内事務を行う事例もありふれてきました。病気であることを理由に一方的に勤務を止めさせるのではなく、内容や時間に配慮してなるべく勤務ができるよう整えていきましょう。
考えることができる就業環境の配慮・対応としては、以下のようなものがあげられます。
- 時間単位の年次有給休暇
- 傷病休暇・病気休暇
- 時差出勤制度
- 短時間勤務制度
- 在宅勤務
- 試し出勤制度(職場復帰プラン)
★外部機関も含めた協力体制の確立
治療と仕事を両立するためには、会社内での関係者のほか、医療機関や地域の支援機関といった外部機関との連携も欠かせません。必ず従業員本人の同意を得たうえで、担当医や医療保健スタッフ、ソーシャルワーカーと情報共有や具体的な両立支援の計画をしていきましょう。
仕事を続けることができるか、職場で必要な措置や配慮は本人のかかりつけ医師・産業医の意見が重要なポイントです。医師とスムーズに連携をとるためにも、情報提供のための様式や医師の意見を聞くための様式をあらかじめ作っておきましょう。
企業側としてあらかじめ聞いておきたい「治療内容」は、おおよそ以下のようにまとめることができます。
- 症状、治療の状況
・現在の症状 、傷病の状態
・入院や通院治療の必要性とその期間
・治療の内容、スケジュール
・通勤や業務に影響があると思われる症状や副作用の内容 - 退院後または通院期間中の就業・通勤に関する意見
- 「望ましい就業上の措置」に関する意見
(特に 避けるべき作業・時間外労働や出張はできるか等) - その他配慮が必要な事項に関する意見
(通院時間の確保や休憩場所の確保等)
治療と仕事の両立支援の流れ
今までの知識を踏まえ、実際に治療と仕事の両立支援をする際の流れを見ていきましょう。
- 従業員の体調に関する情報の把握
本人からの申告に基づいて、傷病に関する情報を確認しましょう。
両立支援のために必要な情報が不十分な場合には、本人の同意を得たうえで医師等から情報を得ることも。 - 治療に関する医師の意見
治療と仕事を両立するための支援を考えるために、
*勤務が続けられるか
*治療と仕事を両立する場合に必要な配慮や措置について
を中心に、医療のスペシャリストである産業医から主治医へ聞き取りを行ってもらいましょう。
会社側には産業医から情報を提供してもらいます。
※職場に産業医がいない場合には、主治医から提供された情報をもとに、
勤務継続の可否や必要な配慮について検討します。 - 従業員が治療と仕事を両立するための対応
会社側は医師や産業医の意見をふまえ、適切な対応について検討します。
会社側が一方的に決定するのではなく、従業員本人の意思も確認したうえで進めていきましょう。
入院の必要がなく出勤できる場合には「両立支援プラン」によって、具体的に支援体制を計画します。
以上が、厚労省のガイドラインに沿った両立支援の大まかな流れとなります。
この対応の中で注意したいのが、「主治医へのインタビューは産業医が行うことが望ましい」「業務上の対応は本人の同意が必要」の2点です。
また病気や怪我をした従業員へ配慮することで周囲の従業員への負担が大きくなるため、必要な範囲で情報共有をし、周囲の従業員からの理解を得ることも必要です。
周囲の従業員の負担が大きくなりすぎないよう、業務の割り振りや進行調整は特に気をつけましょう。
従業員が病気や怪我をしたときに職場でできる支援や配慮について、説明しました。
医療の進歩により病気にかかっても治療をしながらも働けるようになったこと、企業内で高齢人材が増えることが予想されることから、企業にとって従業員が病気や怪我の治療をしながら働き続けられる環境を整えることは重要性の高い課題です。
従業員のためというだけでなく、長期的に見れば会社側にとってもメリットのある取り組みです。厚労省から発行されている「事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドライン」をもとに、一人ひとりが働きやすい職場環境作りに努めていきましょう。
初出:2019年09月27日 |