従業員を抱える企業なら一度ならずとお付き合いのある【産業医】。
実際に企業と契約した産業医には様々な仕事がありますが、中でも重要なのが「 職場巡視 」です。
実際に働いている職場の衛生状態を産業医が確認することで「職場で働く従業員の実際を知る」大事な機会です。しかし、事業所が遠方にあったり現場や工場であれば巡視・面談のための時間を設けるなど案外手間のかかる業務でもあります。
産業医が企業のために動ける時間は有限です。特に嘱託産業医であれば何社とも契約をしている産業医も珍しくありません。
働き方改革関連法により権限が強化されたり、面談や産業保健活動の要として今後より忙しさを増すであろう「産業医」の皆様には、過重労働対策やメンタルヘルス対策など必要な業務の方へ時間を割いていただきたいと考える企業も多いでしょう。
今回はさまざまな点が変更された「産業医の勤務」から、【毎月1回】とされていた職場巡視を見直してみましょう。
【再確認】産業医の業務って?
「産業医」には企業の安全衛生を管理する上で、重要な役割が与えらえています。産業医の基本業務は、大まかに分けて以下の項目となります。
・衛生委員会への出席
・職場巡視
・健康診断結果チェック
・ストレスチェック実施者/高ストレス者面接指導
・健康相談
・休職/復職面談
・長時間労働者への面接指導
・衛生講話 / 安全衛生教育
「産業医の職場巡視」、どこを見ている?
ポイントと見えない負担
産業医は従業員の実際に働いている現場を確認・視察し、事故や心身の問題の原因となりそうな点とその改善策を衛生委員会に報告します。
「産業医の職場巡視」は安全・衛生のスペシャリストの視点から職場の問題点を洗い出す機会であり、これから起きるであろう事故を未然に防ぐ手段のひとつです。そのため、職場巡視では確認すべきポイントが目白押し。
下記にあげる一般的な事務所に共通するチェックポイントだけでなく、じん肺・化学物質など特殊業務に関わるチェックやメンタルヘルスを損なうような職場環境(適切な照明・空調がない、騒音がひどいなど)にも言及しなければなりません。
●職場巡視の主なチェックポイント
- 5S:整理・整頓・清掃・清潔・しつけ(安全衛生を保つ行動習慣)が行えているかどうか
- 照度・照明環境、 温度・湿度、二酸化炭素濃度などの労働環境
- 冷暖房の状態、VDT(コンピュータを用いた作業)作業環境、騒音や振動などから「快適に作業できる環境」か
- トイレ、 休養・休憩室の衛生管理(廃棄物や食料品の管理など)ができているか
- AED、消火器の場所やメンテナンス状況・避難経路の確認
- つまずきや身体的な不調の原因・遠因となる環境の指摘と改善策の提案
※職場巡回で産業医に確認が求められる項目内容は、企業の業種・業態によって異なります。
多岐にわたる項目のチェックや職場内の移動があるため、職場巡視は事前の調整や衛生委員会のメンバーから選出した案内人を企業側で用意することがほとんどです。
危険な現場であれば防護服などの安全用品を揃えたり、時には巡視中作業をいったん止めてもらうことも。初めての工程を巡視する場合やたまにしかいかない現場では、月1回の実施ですべての状況を掴むことは難しいでしょう。複数の事業所と契約している嘱託産業医であればなおさらです。
そうでなくとも産業医と巡視する職場に距離があったり、複数拠点 ・他地方拠点のある企業であれば移動も一日がかり……と様々なコストが考えられるでしょう。
職場巡視でなければわからない情報も大切ですが、それにかかる時間や負担の配分は随時見直していくべきです。
これから産業保健の要として業務が増える産業医には、より「産業医でなければできない」業務に時間を割いて効率的で有効な働きをしてもらうことこそ【 働き方改革 】ではないでしょうか。
職場巡視が「2ヶ月に1回」でもOKに!
「企業と産業医の同意」で業務の効率・効果UPを
社会・個人を取り巻く環境の変化にあわせて、厚生労働省から過重労働対策(過労死等予防対策)やメンタルヘルス対策に対する施策強化が掲げられました。
産業医の勤務内容もそれにしたがって変容をしていますが、対応業務は増加すれども産業医の勤務時間は変わらず有限です。
「近年は、過重労働による健康障害の防止、メンタルヘルス対策なども事業場における重要な対策となっており、また、嘱託産業医を中心により効率的かつ効果的な職務の実施が求められている」
2016年10月6日 「第7回 産業医制度の在り方に関する検討会」議事録
このような背景に対して、2017年の労働安全衛生規則改正では、それまで「毎月1回以上行うことが義務」だった職場巡視が、条件を満たすことで「2ヶ月に1回でも可能」 となりました。
産業医による職場巡視を「2ヶ月に1回」でも可能にするためには、2つの条件があります。
- 「事業者・産業医の同意」(衛生委員会での承認・確認)を得る
- 事業者から産業医に所定の情報を毎月提供する
それぞれに詳細な要項が設けられています。以下で確認してみましょう。
①「事業者の同意」(衛生委員会での承認・確認)を得る
企業が「職場巡視の回数を減らしたい」と考えても、 企業・産業医どちらかの意見のみでは頻度の変更はできません。
どちらから申し出があったとしても、必ず「双方の同意と巡視期間の決定」「定期的な実施に関する確認」が求められます。
衛生委員会等で調査審議した上で決定することが必要です。
職場巡視の頻度を変更する合意が取れたら、変更する期間を定めましょう。
★衛生委員会で合意決定した一定期間ごとに行われる
★一定期間終了後、再度衛生委員会で産業医・企業の衛生管理者等からの
意見に基づいて調査・審議を行う
〈例えば…〉
3月の衛生委員会で、「4月から9月までの6ヶ月間は職場巡視の頻度を2ヶ月に1回にする」と決まった場合、変更期間が完了した7月の衛生委員会で再度話し合い、職場巡視の頻度に不都合・問題が起こらなかったか、継続して変更してもいいかを審議します。
リーフレット「 産業医制度に係る見直しについて 労働安全衛生規則等が改正されました 」
衛生委員会では、以上の2点の確認が必要です。
しっかりと関係者に周知し、巡視頻度の変更で不都合は生じないか、必要ならいつからいつまで実施するかを全員で確認・審議しましょう。
②事業者から産業医に【 所定の情報 】を毎月提供する
産業医に提出する「所定の情報」とは、次の 1.~ 3. です。
- 衛生管理者が少なくとも毎週1回行う作業場などの巡視の結果
・職場巡視を行った衛生管理者の氏名、巡視の日時、巡視した場所
・職場巡視を行った衛生管理者が
「設備、作業方法または衛生状態に有害のおそれがある」と判断した
状況と行った対策の内容、改善後の状況
・その他、労働衛生対策の推進にとって参考となる内容 - 1のほか、衛生委員会の調査審議を経て事業者が産業医に提供することとした情報
(例)・ 時間外・休日労働が月100時間を超えた従業員の情報と
その勤務状況・業務内容
・新規に使用される予定の設備名・薬品(化学物質も含む)、
それを使用する時の業務内容・担当者・担当期間
・従業員の休業状況など - 長時間労働者の情報
・休憩時間を除き、従業員が1週間に40時間以上働き、その累計時間が1ヶ月で100時間を超えている場合には、従業員の氏名と超えた時間の内容
2.と3. にあたる「従業員の情報」は、健康診断の異常所見や長時間労働者との面談時にも提出が求められています。
1. の「衛生管理者の巡視状況」と共に企業と産業医が各々の連携を深め情報共有を進めることで互いに負担を受け持ち、よりクリティカルなパフォーマンスを発揮できるのです。
「産業医による職場巡視」は今まで月一回の企業と産業医のコミュニケーションの場としても機能していました。今回の法改正の目的は「職場巡視の回数を減らす」ことが本質ではありません。
「専門家が、より専門的な業務に時間を費やせるように」することが重要です。
産業医は産業医保健・医療のエキスパートであっても、「現場」の専門家ではないのです。日々働く従業員をまとめる衛生管理者が、産業医の眼として産業医に正しく詳細な情報を伝えるとともに、産業医は企業の衛生管理の脳として専門的な知識や意見から対策の手掛かりと考える、そういう役割分担をスムーズにすることを目指しましょう。
そのためには双方の負担が増えることもやむなしと思えるかどうか、これからより負担の軽減を目指す法改正とともに、企業・産業医双方で「私たちの産業保健」を考えていくことが求められています。
初出:2020年12月23日 |