新型コロナウイルス感染症の流行に伴い、「職場の感染症対策の効果」や「コロナ禍によるストレス」に関するお問い合わせをいただくことが増えました。
「Withコロナ時代」「ニューノーマル」といった用語を耳にすることも増えた通常とは異なる環境下で、従来と同じ仕様のストレスチェックを用いた際に「ストレスの要因をしっかりと特定できるものなのだろうか」と思われる方も多いようです。また、メンタルケアの一つとしてストレスチェックを取り扱う場合に、新型コロナウイルス感染症の影響をどう捉えるべきかという問題もあります。
厚生労働省が設けるストレスチェック制度で規定するストレスチェックは、そもそも「原因が職場にあるストレスを図る」目的で設計されています。
新型コロナ禍における現在の特殊な社会情勢を考慮した設計ではないことや、職場外の環境の変動もあり、ストレスチェックの実施結果から“新型コロナ禍を要因とするストレス”を特定するのは難しいでしょう。
では、ストレスチェックは「Withコロナ時代」のメンタルケア対策とはなり得ないのでしょうか?
今回、それらの懸案について皆さんと考えてみたいと思います。
ストレスチェックは予防と改善が目的
社会が大きく変わる今こそ実施を
新型コロナ禍が叫ばれるこの時期にストレスチェックを行うことは、ストレスチェックが目的とする「メンタルヘルスの不調の予防・早期発見と職場の環境改善」に少なからず関わる事ではないかと考えられています。
その理由は以下の2点です。
1:ストレスチェックは「仮説→分析」によって、様々なことがわかる
2:ケア・対策の「優先度」の手掛かりになる
1:ストレスチェックは「仮説→分析」によって、様々なことがわかる
ストレスチェック制度が実施されて5年。継続的に実施されてきた企業では、既に今までの結果や分析が「比較できるデータ」として蓄積されていることと思います。
ストレスチェックはその結果を「仮説に基づいて分析」することで真価が発揮される制度です。
通常であれば職場・企業の風土の「今」を図るために使用されますが、 就労環境が大幅に変わった・新しい制度や取組が導入された場面でも「どの変化に影響力があるのか」を見つけるツールとして使用することができます。
今回の新型コロナ禍でも、今までのデータと比較して「業務から来るストレス」の傾向がどのように変化したかを発見し、その変化にどれ程「新型コロナウイルス感染症への対策・取組、感染症への不安」が関与しているかを見ることは有効でしょう。
そのためには、データを比較した時に見つけられる差が「何から生まれるものか」の仮説が重要です。
例えば、
・業務内容が変化していないのに、「身体的負担度」「職場環境によるストレス」「不安感」(57項目版)が増加している
⇒職場の感染対策の取り組みに不安を感じられる
⇒取組の周知が徹底されていない可能性がある
・今年度のデータから「上司からの支援度」「心身のストレス反応」(57項目版)/「事業場資源」(80項目版)のスコア悪化が見られる
⇒体調不良時の休業・復職の制度がきちんと周知・運用されていない
⇒身体的な不調を言い出しにくい雰囲気や風土がある
・「職場の対人関係上のストレス」「上司・同僚からの支援度」(57項目版)/「職場の一体感」「職場のハラスメント」(80項目版)の増減が目立つ
⇒傷病罹患者や濃厚接触者、または風邪に似た症状のある従業員に対する風当たりの強さ
といったことが「分析に使える仮説」としてあげられるでしょう。
このような変則的な仮説・分析は、
「職場の現状・取り組みを肌で知っている」
「巡回などで直接従業員の皆様と情報を交換している」
産業保健スタッフの皆さんや、今まできちんとストレスチェックのデータを蓄積してきた組織だからこそできる問題点の発見・判断方法といえます。
2:ケア・対策の「優先度」の手掛かりになる
前述した通り、ストレスチェックはコロナ感染症対策としてクリティカルな情報が得られるものではありません。
ですが、「今、ストレスを感じている人がいる」部署や環境を特定する手掛かりになります。
高ストレス者の多い=先んじて心のケアを重点的に行うべき部署に目星をつけておくことで、「ストレスのかかっている人が起こすミス」のケアにつながる、という考えです。
皆さんは「スイスチーズモデル」をご存じでしょうか。
イギリスの心理学者リーズンが提唱した安全管理に関する考え方で、一つひとつの安全対策を穴の位置や形の違う複数枚のスイスチーズにたとえ、チーズのスライスを重ね合わせる事で何も通さなくなる=きちんと安全対策ができる、という事を説明する理論です。
「それひとつで完璧な安全対策はない、どの安全対策にも潜在的な弱点がある」
「だから形の違う複数の対策を多層的に実行することが重要」
というもののたとえですが、ストレスやその原因は安全対策=チーズ一枚一枚の穴を広げたり、チーズ自体をより薄く柔らかくしてしまい突発的なミスやエラーが安全対策を突き破ってしまう可能性を高めます。
職場のストレスや「新型コロナウイルス罹患が職場の人間関係や就労に悪影響を及ぼすのでは?」という不安は、安全対策を行う産業保健スタッフ一人一人の精神力を削り、報告や相談の心理的なハードルを作ってしまいます。
そうなると、ミスの隠蔽や対策の不実行、適切な対応や判断の遅れといったヒューマンエラーの原因になりかねません。
普段の職場でも起こりうる「ストレスによる安全対策リスクの増加」を防ぐには、メンタルヘルスケアや風通しのいい職場への改善は欠かせないものです。
一つのミスがスタッフ・その家族・お客様全体の「生命に関わる問題」になりえる中、常日頃以上のプレッシャーや不安を感じる人の増加はケアの必要な企業リスクでしょう。
しかし、考えられる対策全てを同時に、併行して行える職場はそう多くありません。
対策や資源の分配を考えた時、優先度・緊急性の高い「今負担がかかっている」部署・環境のピックアップには心身のストレス反応をチェックできるストレスチェックは有効だと考えられます。
また、ストレスチェックには「企業⇔従業員間のつながり」を確保するアンケート的作用もあります。
産業保健スタッフからの働きかけを可視化し、報告や相談のきっかけとしても活用することで、従業員の皆さんに「安心」してもらうことも効果としてあげられます。
★新型コロナ対策の側面を強めるには?
新型コロナ対策としてのストレスチェックに着目する場合、「比較」が重要な要素になります。
通常の実施では厚生労働省発表の全国平均値に基づいて結果の判定や集団分析を行いますが、
・過去2~3年の集団分析データとの比較
・なるべく複数回(テレワークなど変則的な業務中+通常時期)の実施
といった対応を加えることで、より正確な「自社の状態」をとらえられるのではないかと推測されます。
ストレスチェックに使用する質問票は、規定の質問以外にも「独自設問を追加した質問票」も法定義務を満たすとされます。
新型コロナウイルス感染拡大への不安、または感染症対策やテレワークといった就労環境にフォーカスした設問をプラスしての実施は、より明確な結果や指針が得られるでしょう。
また、テレワークや時短勤務など一カ所に集まっての実施が難しい状況ですので、オンラインでの実施・電子メールを用いた結果の通知など、基本的な実施方法の見直しも受検率を上げて正確なデータを得るためには必要です。
より貴社の環境に合わせた、活用しやすいストレスチェックをご検討ください。
ストレスチェックはそれ単体ではコロナ対策として成立しにくいことは先に申し上げましたが、「ストレスを感じているかどうか」「それが健康に影響するほど強いか」は普遍的にリサーチしなければならないものであります。
ストレスチェックを対策として活用する際には、まず一緒に働く皆さんの現状を見て、それから「新型コロナ禍がもたらしたものかどうか」をご判断いただけたらと考えます。
複数回行う場合は実施時期がずれることで比較しにくい点もあると思われますが、ヒアリングとしての機能・アンケートとしての効果も含めて、新型コロナウイルス感染予防対策のもたらす心理的な効果を確認する「フィードバック」としてとらえていただければと存じます。
緊急事態宣言が解除されて、それぞれが新しい生活様式への対応を求められる中、熱中症やこれからの季節ではインフルエンザなどの感染症もまた流行が危ぶまれています。
COVID-19に限らず「体調不良」はすべからく警戒されてしかるべきもの。しっかりと「常日頃」の管理を怠らず、新しい生活様式を実践していきましょう。
〔参考文献・関連リンク〕
- 公益財団法人 産業医学振興財団:集団分析・職場環境改善版 産業医・産業保健スタッフのためのストレスチェック実務Q&A
- NIID 国立感染症センター
- 厚生労働省:
事業者・職場における新型インフルエンザ対策ガイドライン
新型コロナウイルス感染症の大規模な感染拡大防止に向けた職場における対応について労使団体に要請しました
職場における新型コロナウイルス感染症の拡大を防止するためのチェックリスト
初出:2020年08月26日 / 編集:2021年01月13日 |