パワハラ防止法:指針案発表!「パワハラ」の定義や形態・効果のある対応を再確認

パワハラ防止法指針案発表!「パワハラ」の定義や形態・効果のある対応を再確認

第20回労働政策審議会雇用環境・均等分科会において「職場におけるパワーハラスメントに関して雇用管理上講ずべき措置等に関する指針の素案」の発表が行われました。労働関連の弁護を専らにする日本労働弁護団より内容についての抜本的修正を求める声明もあり、今後さらにその詳細は現代社会に即したものへアップグレードされそうです。

本邦では「ハラスメント=嫌がらせ」という解釈が定着したために、能動的・意図的に危害を与えるものというイメージがあります。しかし、本来のハラスメントとは「相手を不快・尊厳を傷つける・不利益を与える・脅威を与えることの総称」であり自身が全く意識していない言動でも害を与えると考えられれば立派なハラスメントになります。

企業のあらゆる部署で起こりうるハラスメントのうち、パワハラは特に関係性が背景になるハラスメント。企業の人事・労務が配慮しなければならないけれど、「どこまでがハラスメント?」「どこからが指導?適切な関係?」と線引きがあいまいで悩みの種でもありますね。

パワハラ防止法本格始動が目前の今、「パワハラ」とはいったい何なのか再確認をしましょう。
 

パワハラの定義は「関係性」と「行動内容」

現在では「パワハラ」とも略されるパワーハラスメントは、セクハラ以外にもさまざまなハラスメントが存在するという問題意識のもと「職場の権力(パワー)を背景としたハラスメント」として 2001年より登場し ました。

どのような行為がパワーハラスメントに該当するのか、厚生労働省が公開している「パワーハラスメント対策導入マニュアル(第4版)」では 改正労働施策総合推進法 より引用して以下のように記されています。
 

職場におけるパワーハラスメントとは、改正労働施策総合推進法(令和元年6月5日公布)により、以下の3つの要素
① 優越的な関係を背景とした言動であって
② 業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより
③ 労働者の就業環境が害されること

をすべて満たすものとし、パワーハラスメント防止のため、相談体制の整備等の雇用管理上必要な措置を講じることを事業主に義務付けています。

パワーハラスメント対策導入マニュアル(第4版)
 


この定義において特に理解が必要なのが次の3点です。
 

  1. 職場内での「 優越的な関係 」
  2. 「 業務上必要かつ相当な範囲 」
  3. 「 労働者の就業環境が害される 」
     

職場内での「 優越的な関係 」


職場内での「 優越的な関係 」とは“ 職場内 ”にあるさまざまな関係性に発生する不均衡を指します。
一般的に「パワーハラスメントは上司から部下に対するもの」というイメージがあり実際にそういった事例は多数報告されていますが、見過ごせないのが「同僚間のパワハラ」「部下から上司に行われるパワハラ」です。

職場の人間関係や業務の専門性によっては職務上の地位が上の者であっても、実際に業務を進行する上では地位が下の者の協力が不可欠であることが多々あるでしょう。同じ職務・立場であっても社内の情報や指示、管理の観点から仕事上協力が求められる間柄もよく見られます。

こういった 職場内での力以外にも人間関係や専門知識、経験などの様々な「差」がある状態、これが『 優越的な関係 』にあたるのです。部下から上司に対するものであってもそれが【嫌だと言いにくい・嫌だというと業務に支障がでる懸念がある関係】であればそれは「パワーハラスメント」です。
 

業務上必要かつ相当な「範囲」

業務上必要かつ相当な範囲 」というのは問題を複雑化させがちな「パワーハラスメントと指導」の境界線をどこに引くかという点に関係しています。
上司は部下に対し、業務上必要と思われる範囲で指揮監督や教育指導を行う権限を有します。ただ単に業務上、もしくは社会通念について「指導」された時、部下が不満を持ったとしてもそれだけではパワーハラスメントとは認定されません。
あらゆる「指導」がパワーハラスメントになってしまえば、部下の職務怠慢に対して取れる措置がかなり限られたもの・極端なものになってしまうでしょう。

厚労省の指針では業務上行われる指導に対して、それが妥当であるかどうかの判断ポイントを次のように上げています。

  • 指導の内容が業務上必要か
  • 指導の目的が業務に必要なものか
  • 業務を遂行するための手段として適当な言動か
  • 指導方法・指導回数が社会通念的に妥当なものか


「指導やコミュニケーションが業務上必要であるか」「その人に伝えるために適当な言動であったか」「指導の方法や回数が目に余るものでないか」という点は重要です。
個人的な目的のために・業務に関係ないことで叱責するというのはもちろんハラスメントに値しますが、「その人との関係性や人間性を無視した指導内容・監督方法」「指導方法が暴力的・不必要に威圧的」であることは注意してみるべきところでしょう。
今までの社内風土や上司が「良かれ」と思って部下に対して行っていた指導、「嫌がらせ」の意図が全くないけれど厳しい監督態度などは「している本人に自覚のないハラスメント」となりがちです。

「認識や理解にギャップがある」「不満や指導内容への疑問を言い出しにくい関係上である」ということを理解したうえでの「配慮ある指導」が求められていますが、世代・経験に基づいた認識を変えなければならない難しさがあります。
パワハラという概念が誕生して20年、現在もパワハラによる被害が後を絶たないのにはこういった事情もあるでしょう。
 

「労働者の就業環境が害される」とは?

パワーハラスメントと指導の境界線はケースバイケースにならざるを得ないことが多く、杓子定規に決めるのは難しくなっています。
その場合、判断材料となるのが「就業環境への害」です。

ポイントは「就業上見過ごせないほどであるか」です。ミスが増えてしまうといったものの原因はさまざまにあるかと思われるでしょうが、
①日本で働いている社会一般の労働者の多くが
②同様の状況で、同じような言動を他の社員や受けた場合にどう感じるか
すなわち「 平均的な労働者の感じ方 」が基準となります。
ハラスメントに当たるような度を越した叱責や同僚・部下からのハラスメントを受けることで「体調を崩してしまう」「職場が不快・出勤が苦痛になる」「緊張やプレッシャーで十分に能力が発揮できない」といった状況になるならそれはこの条件を満たしているでしょう。

その叱責を頻繁に目にすることで同僚や他の部下・上司が不快を感じるかというのも「 平均的な労働者の感じ方 」を判断する一つとなりえます。
 

パワハラの6形態;中には傷害・中傷になるケースも

背景や状況に加えて、パワハラには「具体的な行動」の定義が設けられています。

ハラスメントは「ハラスメント行動の内容」と「その背景」を総合的にみて判断・対応する必要性があります。
具体例についての知識は人事・労務の担当者がしばしば相談を受ける「パワハラ」が疑われる被害について、一次的な判断を行うのに役立つでしょう。
 

・パワーハラスメントの6類型

  1. 身体的な攻撃:暴行・傷害
    叩く、殴る、蹴るなどの暴行に値する行動です。丸めた新聞紙で頭を叩く・足を引っかけて転ばせるなど、道具を使ったり間接的に身体的な被害を出すような行動も含まれます。
    業務上の叱責以外でも「ちょっとした冗談」「コミュニケーション」と称して行われた暴力や身体的被害もハラスメントです。
     
  2. 精神的な攻撃:脅迫・名誉毀損・侮辱・ひどい暴言
    不必要に同僚・大勢の社員の目の前で叱責する、長時間や頻回など一つの事柄に対して必要以上の説教を行うなど心理的な圧力や不必要な威圧を与える行動です。
    大声で怒鳴る、机や椅子などのものに当たるというのも脅迫に属します。また業務上のミスをその人の人格などプライベートなことにこじつけて非難するなども該当します。
     
  3. 人間関係からの切り離し:隔離・仲間外し・無視
    別室に席を移す、歓迎会・送別会に一人だけ呼ばない、仕事上の情報を伝えないなど周囲の人間関係から切り離し孤立させるような言動です。
    周囲に対して根も葉もないうわさを流すなど精神的な攻撃と合わせて行われることも多く、影響が大きければ企業外の人間関係にも影響します。
     
  4. 過大な要求:業務上明らかに不要なこと、不可能なことの要求
    やり方も教えられず専門外の業務を押し付ける、あれもこれもと明らかに処理できない量の業務を担当させるなどその人の業務遂行に支障が出るほどの無理を強いる行動です。
    内容や状況によってはその人の人事評価にまで影響しかねないものです。
     
  5. 過小な要求:能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を与える、または仕事そのものを与えない
    事務職なのに一度のミスを口実に倉庫業務だけをさせる、本人の希望・勤務形態に関わらず雑用ばかりさせるなど能力・契約内容に見合わない業務を押し付ける行動です。
    「窓際社員」など従来の日本企業で横行したハラスメントでもあり、人件費など企業の運営に関わってくることも。
  6. 個の侵害:私的なことに過度に立ち入る(プライバシーの侵害)
    交際相手の有無を執拗に尋ねる、休みの有無を根掘り葉掘り聞くなど本人と自分の関係性を考慮せずプライバシーに踏み入る言動です。
    内容によってはセクハラやモラハラといった複数のハラスメントに該当する場合も多く、会社としての責任以外に個人間での訴訟に発展する可能性もあります。
     


上記を見ても明らかなように、パワーハラスメントには単なる「嫌がらせ」を超えて、刑法の構成要件を満たすもの・民法上の不法行為・労働契約法違反などの触法行為を多く含みます。

パワーハラスメントを放置することは個人の権利を侵害したり、職場の環境を悪化させたりするだけにはとどまらず、民事・刑事訴訟にまで発展がある重大なリスクです。
 

ハラスメント対策のトレンドは「窓口設置」と「管理職への研修」

厚生労働省の統計によると、「いじめ・嫌がらせ」による民事上の個別労働紛争の相談件数は平成22年度から平成26年度にかけて62,191件にも上る増加の一途を辿っています。
それに伴い、裁判で企業の法的な責任が問われる例も増え、企業に付くマイナスイメージや裁判に費やされるコストを考慮するとパワーハラスメントの予防・対策は喫緊の課題と言えるでしょう。

「職場のパワーハラスメントに関する実態調査」(厚生労働省 平成 28 年度)ではパワハラに対して何らかの対策をとった企業2,394社のうち、「相談窓口設置」を行ったのは82.9%、「管理職研修」「就業規則の改正」は双方6割以上という結果が発表されました。
対策による改善についても調査され、「管理職の意識の変化で環境が変わった」との回答は4割、「コミュニケーションの活性化・風通しがよくなった」と答えた方は3割を超えています。
対応策の効果が実際の社内環境に反映していることが多いという回答結果とともに経営・管理側の意識改革が有効であること、改善に関して従業員が実感を感じられるという一面も見られました。

様々なメンタルケア対策に関して、社内風土の改善や改善に長期の視点が必要になるものが多い中「パワハラ対策」はかなりスピーディに反響を得られる特効薬的な立ち位置にあるものだと言えるでしょう。
 

予防と対策の注意点は「相談内容の管理」「事実の確認」

パワハラ対策を考える企業の奥が導入した「相談窓口の設置」。
厚生労働省の「パワーハラスメント対策導入マニュアル」では社内に相談窓口を設置するポイントがまとめられています。

1.相談窓口(一次対応)

2.事実関係の確認

3.行為者・相談者への取るべき措置を検討

4.行為者・相談者へのフォロー

5.再発防止策の検討*5

「パワーハラスメント対策導入マニュアル」 第4版  相談への対応の流れ(例) より一部抜粋
 


各種ハラスメントへの相談は上記の流れで行われ、窓口の担当者には個人情報保護やハラスメントの被害に対する相応の知識が求められます。

相談者の秘密を守ること相談者が不利益な取り扱いを受けないこと・相談窓口で具体的にどのような対応をするかを明確にし、提供された情報は事実確認を含め必ず企業が一度「動く」ことが“ 信頼できる窓口 ”を作る上で重要になります。
また、担当者用のマニュアルの作成はもとより、担当者自身のメンタルのケアや通常業務との兼任状態など窓口設置後のフォローなども継続して行うべき「メンテナンス」として求められるでしょう。

必要に応じて外部の相談窓口も設置するなど、パワーハラスメントの予防・対策は企業が一度は検討しておきたい事項です。
 


2019年10月28日に行われた「第21回労働政策審議会雇用環境・均等分科会」において、パワハラ防止法(女性活躍推進法等改正法)の施行・指針適用開始日ともに、大企業については2020年6月1日に決定となりました。当初2020年4月1日からとされていましたが、指針や政省令の策定の進行状況等を考慮した上で変更となったようです。
中小企業・事業主は、2022年3月31日までは「努力義務」、4月1日から義務付けになる見通しです。

パワハラの予防、対策には当事者間でのコミュニケーション、話し合いが有効なケースもありますが、当事者間が話し合うことでかえって関係がこじれる危険性もあります。

企業としてはハラスメント相談の窓口を設置し、第三者的な立ち位置から仲裁に入るマニュアルの整備を進めてみてはいかがでしょうか。 

初出:2019年11月13日

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